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2006年05月01日

特集/ポスト池田体制と創価学会会長交代の行方

インタビュー/原島嵩・元創価学会教学部長
崩壊を早める池田万代路線 私物化・独裁に未来はない

本誌編集部

コンプレックス抱いていた池田氏

 ――池田大作創価学会名誉会長の会長就任記念日である5月3日を前に、創価学会の会長人事があり、秋谷栄之助会長が交代して新会長が誕生するとの情報が、学会本部関係者から流れています。その根拠は、まず、年初来、池田氏が諸会合の席上、秋谷氏を激しく叱責・面罵、これに対して秋谷氏が卑屈なまでの池田礼賛を続けているという事実があります。

※「週刊新潮」3月16日号によれば、池田大作氏は2月度本部幹部会や全国代表者協議会などの席上、対立する日蓮正宗宗門や矢野絢也元公明党委員長などを“のさばらせているのは、秋谷が悪いから”と、激しく秋谷氏を罵倒したとされる。
  こうした一方で秋谷氏は、3月9日に行われた本部幹部会の席上、以下のように自らを卑下しつつ池田氏を最大限、礼賛した。

 「戸田先生は『第3代会長を守れば、広宣流布は必ずできる』――こう厳命をされました。創価学会の根本は師弟であります。私は、第3代の池田先生を、生涯、お守りし抜いてまいります。それ以外に私の使命はございません。先生の偉大さは、そばにいた私が、一番よく存じ上げております。
  私などは、先生と比べれば天地雲泥、桁違いです。池田先生の存在は、牧口先生、戸田先生にも増して大きいのです。一番、偉大な存在であられるのです。
  先生がおられるお陰で、会長を務めさせていただいています。戦うことができます。全部、先生に守っていただいています。このご高恩は、一生涯、永遠に忘れることはできません。
  偉大な師匠である池田先生の大恩に報いるために、さらに一生懸命、戦ってまいりますので、よろしくお願いを申し上げます」(3月11日付「聖教新聞」)

  同様に4月11日付「聖教新聞」掲載の「五月三日へ 私の決意」と題するコラムでは、「『池田先生への報恩』に生きる」との見出しのもと、池田氏の会長辞任の責任は当時の執行部にあるとして、次のように反省する姿勢を示している。

  「『一閻浮提広宣流布』の日蓮大聖人の仏勅は、池田先生の御出現なくしては虚妄に帰したはずである。仏法史上、どれほどの聖業か。
  それだけに、今もって本当に申しわけなく、悔しくてならないのは、あの昭和54年4月24日の第3代会長御勇退である。
  嫉妬に狂った坊主どもの暴圧があった。それと結託した裏切り者どもの謀略があった。だが、その虜と成り果て、魔に食い破られ、悔やんでも悔やみきれない事態を招いたのは、すべて私ども執行部の罪である」

 また今年は国政選挙などの大型選挙がないこと。さらには昭和5年生まれの秋谷氏は今年で76歳、昭和56年に会長に就任してから25年にもなることから、ポスト池田大作体制に向けての世代交代人事が行われ、新会長が誕生するというのです。
 原島さんは池田氏の側近として、池田氏と秋谷氏の関係を間近で見て来た元創価学会の最高幹部の一人ですが、今回の池田氏の秋谷罵倒と、秋谷氏の池田礼賛についてどのような印象をお持ちですか。

 原島 秋谷さんに対する池田さんの積年の鬱憤が噴き出したと言えるのではないでしょうか。僕が池田さんの側近だった当時も、池田さんは秋谷さんに対する不満を口にすることがしばしばありました。
 特に印象に残っているのは、池田さんが昭和54年4月に、日蓮正宗からの教義違背等の責任をとって会長を辞任した際のことです。当時、教学部の主任部長だった桐村泰次さんから、「池田先生が会長を辞めざるをえなくなった原因は秋谷さんにあるんじゃないか」と有島重武さんが発言しているとの話があったのです。その話を僕がそのまま池田さんに伝えたところ、池田さんは「有島は鋭い。いい男だ」と有島さんを誉め、いかにも会長辞任の責任が秋谷さんにあるかのような態度を見せたんです。
 しかし池田さんが会長を辞任するにいたった経過の中で、決定的な役割を果たしたのは野崎勲さんでした。側近中の側近だった野崎さんが「池田先生は辞めざるを得ない」と言ったことに池田さんは大変なショックを受けたんです。その意味でいえば野崎さんの方が責任は重いのですが、池田さんは秋谷さんを悪者とした有島さんを誉めた。この背景には、池田さんの秋谷さんに対する不信感ともいうべきものがあったからです。

 ――なぜ、池田氏は秋谷氏に不信感を抱いていたのでしょうか。

 原島 秋谷さんという人は、冷静で事務能力にも長けている。池田さんとは正反対とも言うべき性格の人です。その秋谷さんに池田さんはコンプレックスをもっており、嫌悪感ともいうべき感情を抱いていました。
 また秋谷さんも、表向きは池田さんを立ててはいますが、心底、池田さんを尊敬しているという風ではなく、僕に対しても「池田先生の言っていることはよく分からないんだよな」などと、池田発言を批判するといいますか、軽視する発言をしていました。
 それだけに池田氏を礼賛する際にも、福島源次郎さんのように池田さんを手放しで礼賛するというようなことはなく、どちらかといえば抑制的でした。池田さんにしてみれば、そうした秋谷さんの態度は疳に障るというか、気に入らなかったんでしょう、「秋谷はずるい」などとも発言していました。

 処世としての池田礼賛

 ――その秋谷氏が、本部幹部会での発言や「聖教新聞」のコラムで、「『池田先生への報恩』に生きる」として、池田氏の「高恩、大恩」に報いると決意表明し、「一番偉大な存在であられる」などと礼賛している。25年間も会長を務めてきた人物が、はいつくばるようにして池田氏を礼賛しているわけで、呆れるばかりの卑屈さです。

 原島 一般論で言えば、25年も会長を務めた秋谷さんがそこまでやる必要があるのかということですが、そこまでしなければ生きていけないのが創価学会の世界なんです。というのも池田さんは側近には奴隷のようになって仕えることを求めますから、生き延びるためには従うしかない、処世術として池田さんを尊敬するそぶりをするしかないんです。ですから池田さんを尊敬しているとは思えない秋谷さんが、ここまで卑屈になって池田礼賛を繰り返す。逆説的に言えば、こうした処世を行えるがゆえに秋谷さんは会長になれたということです。

 ――秋谷氏の池田礼賛は、北朝鮮の朝鮮中央放送の金正日将軍礼賛を彷彿とさせます。独裁者が君臨する組織の通弊なのかもしれませんが、今回の池田氏による秋谷叱責と秋谷氏の池田礼賛は、池田氏の絶対性を際だたせるものとなっており、昨年来、創価学会が機関紙誌で繰り返している池田氏の絶対化を強化するキャンペーンの一環とも見ることができる。

 原島 創価学会にあっては池田さん一人が絶対者であることを、あらためて明確にする狙いがあることは間違いないでしょう。それは同時に、副理事長に昇格した池田博正さんを軸にした世襲体制を構築するための布石として、会長交代を視野にいれたものなのでは。すでに齢78歳、体調を崩すなど健康状態が万全ではない池田さんにすれば、ここで秋谷さんを引きずり下ろしておかなければ、という不安感と焦燥感があるように思われます。

 ――25年も会長を務めた秋谷氏の存在が、池田氏にとって疎ましいものとなっているということ?
 原島 前述のように池田さんは、昭和54年に会長を辞任したのですが、この際、池田さんは北條浩会長をはじめとする首脳・執行部に「池田先生の全財産を一時、預からせていただきます」という誓書を書かせようとしました。
 この事実は、池田さんが創価学会を自分のものと思っている証左であり、創価学会の私物化以外のなにものでもないのですが、この指示に反して、執行部は、結局、誓書を書かなかったのです。このことに池田さんは大不満でしたから、怨みに思っていることは間違いない。ですからその時の執行部の一員だった秋谷さんにだけは実権を渡したくないと思っているはずです。
 また、創価学会を他人に渡したくないと考えている以上、世襲は必然のことになりますが、僕が執行部に在籍している当時、秋谷さんが池田さんに世襲を進言するようなことはありませんでした。むしろ秋谷さんは世襲を快く思っていないはずです。その意味でも世襲を軸とするポスト池田体制を構築するには、秋谷さんの交代と世襲を推進する会長の就任が不可欠と池田さんは考えているでしょう。

 池田益をすべてに優先

 ――秋谷会長が交代した場合、後任の会長には、創価大学閥のトップに立つ正木正明副会長の就任が有力視されています。正木氏は、後継者と目された池田氏の次男である池田城久氏のご学友グループの中心者として頭角を現し、池田城久氏の死後は、池田氏の長男である池田博正氏の側近として男子部長・青年部長とエリートコースを歩んでいます。仮に正木氏が会長に就任し、池田博正氏を中心にした世襲体制が構築されていくと、創価学会はどのように変容していくと思われますか。

 原島 池田創価学会から池田家創価学会へと変わっていくでしょう。僕の父が亡くなった時、池田さんは僕に対して「池田家の一員として頑張れ」と発言しました。その意図は、池田家に連なり、池田家を守れということ。池田氏にとっては、池田家を守るという意識が強いか否かが重要なんです。
 それゆえ池田家の人間になりきらない秋谷さんは交代ということです。その点、正木氏は池田城久君、池田博正君の側近であり、文字通り池田家の一員として重用されている。今後、池田家を守り支えるという体制がますます強まっていくでしょう。具体的には後継者とされる池田博正君や池田尊弘君、さらには池田大作夫人のかねさんのカリスマが強化され、池田家に忠誠を誓わせる動きが顕著になると思います。

 ――「池田家万代路線」の構築ですね。

 原島 そうです。池田氏によって私物化されている創価学会を、池田家によって相続させ、池田家による支配を固めるということです。しかし古今東西の歴史が示しているように、独裁体制は必ず破綻し、崩壊します。組織の私物化も西武の堤王国がそうであったように、必ず行き詰まります。その意味で、昨今の創価学会の動きは、崩壊への歩みを加速度的に早めていると言っても過言ではないでしょう。

 ――その創価学会を母体とする公明党が政権与党の一角を占め、日本の政界に大きな影響力をもっていることは、問題であることは言うまでもありません。

 原島 今秋、公明党でも代表人事があり、神崎(武法代表)・冬柴(鉄三幹事長)体制に代わって太田(昭宏幹事長代行)・北側(一雄国交相)体制になると見られていますが、公明党には池田家を守るという役割がこれまで以上に課せられることは間違いありません。その結果、昨年の東京都議選で、創価大学出身者が大量に起用され、当選したように、池田家に近い創価大学出身者などが、次々に起用されることになるでしょう。
 国民の利益や国益よりも、池田家の利益を優先する。そうした政治体制がいかに日本の社会にとって有害であるか、そのことを指摘しておきたいと思います。

(はらしま・たかし)1938年東京・大田区生まれ。早稲田大学商学部卒業、創価学会責任役員、総務、教学部長のほか、「大白蓮華」編集兼発行人、聖教新聞社論説主幹、聖教新聞編集兼発行人など多くの要職を兼務する。著書に『生命哲学概論』『創価学会』『欲望と生命』(共著)『生命のドラマ・法華経』(池田大作監修)『御書と四条金吾』等池田氏との対談集、『池田大作先生への手紙』『誰も書かなかった池田大作・創価学会の真実』など多数。

投稿者 Forum21 : 2006年05月01日 01:00

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