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2010年04月29日

2010-4 特集/中央公論「池田大作・茂木健一郎往復書簡」を嗤う

「タレント学者」が取るべき「池田大作」に対するスタンスとは

古川利明 ジャーナリスト

 あの高級誌が「なんじゃい、これは」の企画

 「毎月10日」というのは、『文藝春秋』に『中央公論』と、メジャーな総合月刊誌の発売日であるため、書店で平積みにされる「それ」を楽しみにしている人も多いだろう。
 ところが、である。『中央公論』4月号(3月10日発売)を手に取ると、表紙には大きな文字で、「池田大作×茂木健一郎 科学と宗教の対話」とあり、当該の箇所を覗くと、創価学会名誉会長である池田大作と、脳科学者の茂木健一郎との「往復書簡」という形で、双方が意見を述べ合うという企画が掲載されている。トータルで、じつに22頁にも達するもので、書簡は、この2年間にやりとりされたといい、最初の見開きの頁で、池田と茂木のそれぞれの顔写真が、いわば、「2ショット」で収められている。だから、この顔写真だけを見た読者の中には、この二人が、直接会って対談したものだと思いこんだ人もいるかもしれない。
 しかし、この手の企画、つまり、池田大作と各界著名人とのいわゆる「対談モノ」は、これまでは、「自分のところ」、つまり、『潮』であり、『第三文明』というのが専らであった。『中央公論』といえば、確かに、経営危機によって、99年に版元が、いわば、読売新聞社に“身売り”され、同グループの傘下に組み込まれてからは、その論調の保守化が指摘されてはいるものの、その看板ブランドは、岩波書店の『世界』と並ぶものが、かつてはあり、「中公への文壇デビュー」が、「言論人としての、一人前の証」と見做される時代があったのである。特に、アカデミズムに足場を置く「学者先生」にとっては、この『中央公論』に論文が何度も載ることで、「広く世に認められた」と評価されたものだったのである。
 そうした「高級総合雑誌」に、いきなり、池田大作が、何の前触れもなく、どアップの顔写真付きで登場したわけだから、「なんじゃい、これは?」と訝ったのも、恐らく、筆者だけではなかったのではないだろうか。

 疑われる編集部のセンス

 今度の「池田・茂木対話企画」には、大きく言って、二つの問題点がある。
 まず、一つは、こうした企画を実行した編集部のセンスである。『中央公論』は、明治期に創刊され、特に、大正時代は、吉野作造の政治評論を精力的に掲載し、「大正デモクラシー」を下支えする役割を果たした。そうしたリベラルな歴史を持つ媒体が、「宗教者」の仮面を被りながらも、「創価学会・公明党」を完全にコントロールし、とりわけ、この「自公の10年」においては、個人情報保護法の制定に名誉毀損訴訟の賠償金高額化といった、数々の「言論封殺」を企んできた「張本人」である「池田大作」を、こうした「ヨイショ」の形で、取り上げてしまったことへの「恥ずかしさ」を、本来、心ある編集者であれば、感じなければならない。「非学会系の」、それも、由緒正しい歴史ある総合月刊誌が行ったことの意味と責任は、決して小さくはない。
 ただ、推測するに、この企画は、おそらく、現場レベルから出てきたものではないと思う。「池田大作」という、政治的には超重要人物を誌面に登場させるにあたっては、相当、高度な社内における意思決定があったとみるべきである。とりわけ、『中央公論』は、新社移行にあたって、読売新聞グループの傘下に入り、その影響を大きく受ける立場にある。
 そもそも同グループ本社の代表取締役会長の、「ナベツネ」こと渡辺恒雄が、一線の政治部長の頃から、学会サイドは既に目をつけ、取り込むべく、広報室の「ナベツネ担当」を自宅マンションに夜回りさせていた。その際には、果物などのプレゼントを贈る一方で、彼の言動も詳細に報告書をまとめ、ちゃんと、池田の元には提出されていた。そうした息の長い人脈形成からくる、「池田&ナベツネ」の、いわば、「ズブズブ関係」から、94年の時点で、当時の週刊読売で、「ビッグトーク 池田大作の『世界と対話』」の連載を行い、その後、読売新聞社から『私の世界交遊録』のタイトルで単行本化された過去もある。それゆえ、今度の『中央公論』の対話企画をテコに、例えばデフレ不況が続く昨今、「読売新聞本体」における、信濃町サイドからの「広告出稿を、何卒、よろしく」とのメッセージが込められていたのではないか、とみるのは、筆者の勘ぐり過ぎだろうか。

 「タレント学者」の立ち位置に節度と責任を

 もう一つの問題点は、対話相手でもあった脳科学者・茂木の「立ち位置」である。彼は、いわば、「気鋭のアカデミシャン」として、実にわかりやすい形で「脳」をテーマとした書物を多数、刊行する傍ら、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」のキャスターをはじめ、他のテレビ番組でもコメンテーターを務めるなど、「言論人」としても広くその名を世間に知られている。こういう立場にある人物とは、その発するメッセージが社会的に大きな影響を与えるため、自ずと、その立ち振る舞いにも、「節度と責任」が求められるのは、言うまでもない。
 ところが、その茂木には、昨年11月、06年から3年間、著書の印税や講演料、テレビの出演料など約4億円の所得を申告していなかったことが、明るみになっている。この事実を、特ダネの形で報じた11月10日付読売朝刊で、「多忙で、申告する暇がなかった」との茂木本人の弁明に、記者が「税理士を頼もうと思わなかったのか」と畳み掛けると、こう答えていた。「知り合いの税理士がいなかったし、(税理士に頼む)暇もなかった。そろそろやらないとまずいな、と思っていたら、(地元の税務署ではなく)国税局が来た。今後は雇うつもり」。
 もともと、茂木はソニーコンピュータサイエンス研究所の上席研究員として、年間約1千万円の給与所得があり、この時点で銀行には数億円の預金があったという。この記事だけで、彼のキャラクターを一方的に決め付けるわけにはいかないとは思うが、少なくとも、「カネにはルーズである」との傾向は窺える。
 この報道は、茂木にとっては、大きなダメージになったようにも見えるが、それが池田大作との書簡交流を深める契機になったかどうかは知る由もない。しかし、時間軸としては、『中央公論』に、茂木が池田と2ショットで登場するのは、このちょうど4ヶ月後である。で、その往復書簡の内容自体は、はっきり言って、中身には極めて乏しい。「科学と宗教、その間の壁は破れるのか」との、勇ましいタイトルとは裏腹に、一言でいえば、茂木の「宗教の役割とは、何でしょうか?」との問いかけに、池田が、また、いつものように、法華経やトインビーを引っ張り出してきて、「それは、対話の精神であって、脳科学とも共鳴します」と、今回は導き出しているにすぎない。文面を注意深く読み込んでいくと、悩み惑っている茂木が、池田に教えを請うているようにも受け取れるのだ。
 筆者は、こうした茂木のような「タレント学者」の存在を否定するものではない。むしろ、その「知名度」すら利用して、アカデミズムの最終目的である、「真実の追求」を究めてもらいたいのである。ちなみに、こうした「タレント学者」の登場は、「テレビの出現」と軌を一にしている。じつを言うと、その第1号ともいえるのは、明治大学教授の藤原弘達だった。彼は、本業である政治評論活動を行う傍らで、朝、昼のワイドショーに出演したり、クイズ番組のレギュラー解答者にもなった。しかし、藤原は、その「タレント教授」というポジションに飽き足らずに、そのマスコミ露出で勝ち取った「知名度」を武器に、「こうした勢力をのさばらせておくことは、やがて言論の自由の崩壊、ファシズムの許容を意味する」と、腹を括る形で、1969年に、日新報道から『創価学会を斬る』を刊行したのである。
 その意味では、茂木も、ぜひ、藤原のような先達を見習って、ジャンルは違っても、学問の最終目標である「真実の探究」に向け、さらに骨を折って欲しいと、祈ってやまない。(文中・敬称略)

古川利明(ふるかわ・としあき)1965年生まれ。毎日新聞、東京新聞(中日新聞東京本社)記者を経て、フリージャーナリスト。著書に『システムとしての創価学会=公明党』『シンジケートとしての創価学会=公明党』『カルトとしての創価学会=池田大作』『デジタル・ヘル サイバー化監視社会の闇』『日本の裏金(上、下)』(いずれも第三書館刊)など。


投稿者 Forum21 : 2010年04月29日 23:06

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